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JUNのプロフィール [自己紹介]

はじめまして、HIRNESJUNです。
今日は私の簡単なプロフィールを書きたいと思います。

まず一番大事な(?)性別は、、、男性です。“MASA”は何となく男性っぽいですが、“JUN”は女性でもつけそうな名前ですよね。期待してくださっていた方がいましたら、ごめんなさい。
m(_ _)m

年齢は、、、日々年を取っていきますので、非公開ということで。。。まあ、決して若くはありません。
(ToT)

さてさて、私の音楽歴ですが、小さい頃(たぶん幼稚園とかでしょうか)、親戚の勧めでエレクトーンを始めました。といってもほとんど記憶がないくらいでして、楽しかったという思い出は全くありません。

ただ、辞めた理由だけはしっかりと覚えています。ある段階で教室の先生からピアノへの意向を打診されたのです。エレクトーンは上述の親戚から譲り受けたのですが、ピアノは買わなくてはいけませんでした。裕福な家庭ではない我が家にはそのお金はありませんでした。

こうして私の音楽生活は小学校低学年で一旦ピリオドを打ちます。

次に音楽に興味を持ったのは、高校生の時くらいでしょうか。帰宅部だった私はスーパーでアルバイトを始めたのですが、そこではUSENがかかっていまして、毎日のように音楽を聴くようになりました。

ここまでは普通なのですが、アルバイト先の先輩が面白いことを教えてくれまして、USENって電話でかけてほしい楽曲をリクエストできるんですよね。当時携帯電話などありませんでしたので、その先輩がちょっとした隙にスーパーの前に設置されている公衆電話に走るんですよ。そしてダッシュで帰ってくる。

その後、数分から数十分、先輩の顔がニコニコっと笑顔になるんです。そう!リクエストした曲がUSENで流れているのです。

先輩を真似て私もやってみると、これが意外と面白くて、、、公衆電話なので10円の通話料がかかるのですが、結構な回数のリクエストをしたと記憶しています。

本来であればその2~3分、持ち場を離れているわけですので、店長に怒られるところですが、もう時効ということで・・・笑。

USENへのリクエストを覚えた私は、今度はリクエストする楽曲のレパートリーを先輩と競い始めました。

そのために、まずはアルバイトで得たお給料でミニコンポを買いました。その後はひたすらシングルCDを買い集めました。当時のシングルCDは8cm盤でしたね、、、懐かしい。

CDはレンタルすることもできたのですが、当時は記録媒体がカセットテープしかなく、音質の劣化がかなりひどかったので、購入していました。(ダビング時にはそこそこでも、アナログテープなので使用とともに劣化していきます。)

アルバイトのお給料、すべてが自分のお小遣いになるわけでして、当時親からもらえるお小遣いの10倍近い額をお給料でいただいていたと記憶しています。(もちろんアルバイト期間中は親からのお小遣いは無しです。)

まあ、平日は17時から20時、土曜日は休んで、日曜日は10時から20時(休憩1時間)まで働いていましたので、一週間に24時間。一ヶ月で約100時間。時給の公開は差し控えますが、高校生のお小遣いには十分すぎます。

そして、楽曲のレパートリーが増えてきまして、次に先輩に誘われたのがカラオケ。当時、流行り始めたんですよね。あっ、通信カラオケではありませんよ! レーザーディスク(お分かりになりますでしょうか?)を使用したレーザーカラオケというものです。

ちょくちょく連れて行ってもらったのですが、残念ながら私は音痴。そして、幼少のころのエレクトーン教室での聴音レッスンで、ある程度の音感がついていたことが逆に働き、自分が音痴なことがモロにわかってしまうのです。

しかも、当時は小室ファミリーが売れ始めたころで、女性ボーカルだけでなく男性ボーカルもキーが高い楽曲がものすごく多かったのです。高い声は出ないは音痴だはで、カラオケから足が遠のきました。

それでも音楽は聴き続けました。そして高校三年の時、初めてシンセサイザーを購入したのです。忘れもしない、Roland社の「JV-90」という機種でした。

初シンセを買った私ですが、幼少の頃の2~3年の経験ではまともに弾けるわけもなく、しばらくほこりをかぶることになります。

その状況が一変したのは、月刊誌の『月刊歌謡曲』という本を買うようになってからです。この本にはJ-POPSを中心としたメロディー譜が掲載されていました。そして譜面の上には何やら難しそうな記号が・・・。

「Dm7」「G7」「CM7」・・・。なんだこれは?
これが「コード」との出会いでした。

その後、浪人したり、大学に行ったり、専門学校に行ったりしている間に、コード進行に関して少々勉強をしました。そしてある程度分かるようになると、バックでCDを鳴らしながらシンセでコードを弾くといった遊びができるようになりました。

これはものすごく楽しかったです。なんかセッションしている感覚が味わえるんですよね。弾いている音は左手はルート、右手はコード構成音だけなのですが、それでも夢中になりました。

それから、本に頼らなくても、楽曲を聞くとそのコード進行がわかるようになってきました。もちろん難しい曲は無理でしたが。

そんな折、通信カラオケや着信メロディーといった耳コピーでMIDIデータを起こすという仕事の求人が出始めました。

20歳の時に「Macintosh Performa 5430」という初Macを購入し、「Vision」や「Performer」といったシーケンスソフト(この時はDAWといった言葉はなかったと思います。)を使い始めていたことも手伝って、定職に就けずフラフラしているときに、着信メロディー制作の仕事の求人に応募したところ、実技試験、面接の結果、なんと合格。それから5~6年、着信メロディー制作の仕事をしました。それが着うたへと徐々にシフトし、オーディオの扱いも覚えました。

そんなこんなしているうちにガラケーからスマホへの移行で、仕事の量が減少。本当のスペシャリストしか生き残れず、現在は音楽とは全く関係ない仕事をしています。

『HIRNES』では主にミックスを担当しています。楽曲制作に関してはアイディア出しをすることはありますが、最終的に形にするのは“MASA”です。

さてさて、ダラダラと長い自己紹介になりましたが、ちょっとは私に興味を持ってもらえましたでしょうか?
(^^;

音楽以外の趣味・嗜好などは日記で書いていければと思います。
よろしくお願いします!



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